移転! パートⅡ

 前回に引き続き、移転の詳細をお話しする前に、弊社の歴史を振り返ってみたいと思います。

 前回の『移転!!!』では、弊社が昭和21年以前は豆腐屋であったことを、ご紹介いたしました。弊社のスタッフの懸命で、緻密な調査により、意外な事実をご紹介できたわけですが、今回は、弊社が当地(愛知県豊田市広路町)に移転してくるまでに、どんな歴史があったのか、調査結果を御紹介したいと思います。

 鈴木モータースのホームページによると、弊社は、昭和21年4月に豊田市元城町で、自動車修理業として開業したそうです。但し、当時は、まだ、豊田市ではなく、その前の挙母市(ころもし)でもなく、挙母町元城(ころもちょうもとしろ)と呼ばれていたころのことです。しかも、弊社の決算は7月なので、4月開業説が正しいかよくわかりません。現社長へヒアリングしたところ、『知らない』との事でした。

 

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    昭和25年当時、弊社が有ったと思われる場所

 

さて、元城町で順調に営業していた鈴木モータースですが、昭和25年ごろ、大変な事態が持ち上がります。なんと、隣に農協の経営する加茂病院(現在の豊田加茂厚生病院)が引っ越してきて、(引っ越してきたのか、加茂病院が拡張して、隣接するようになったのか不明) 

 『鈴木モータースが車を修理する音がうるさくて、医師が手術に集中できないから、立ち退いてくれ』と言われたそうです。

 当時、弊社も開業してわずか4年余りですので、『到底移転するような余力は無い』、『後から引っ越してきて、無茶なことを言うな』と断ったそうですが、農協と、挙母町議会のタッグに、田舎町の修理工場が勝てるはずもなく、抵抗むなしく、挙母町栄(現在の豊田市栄町)に昭和26年ごろ移転したそうです。

 但し、厚生病院のホームページによると、厚生病院が元城に引っ越したのは昭和37年で、弊社の歴史調査と年代的な食い違いが見られます。現社長にヒアリングしたところ、『知らない』との事でしたが、2代目社長(現在の会長)の携帯に電話をしていただけました、しかし、会長の回答は『今、マッサージ中だから話せない』との事でした。

 仕方が無いので、次は、会長婦人に電話していただきました。すると『私が嫁に来る前の話だで、よう知らんけど、伊勢湾台風のころには栄町に来とったらしい』との重要な証言が得られました。伊勢湾台風は昭和34年です。これは事実ですので、昭和20年代の半ばから、後半にかけて、加茂病院に立ち退きを迫られたのは間違いないようです。

 いやー、長く営業しているといろんなことがあるもんです・・・・・・次回に続く

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