移転! パートⅣ

 こんにちは。鈴木モータース歴史講座の第4回目を開講します。移転のことを書こうと思っていたのですが、まだ、昭和42年をうろうろしています。いったい何回まで続くのでしょうか?

 さて、昭和42年に現在の豊田市広路町へ移転をした鈴木モータースですが、昭和47年に大変な事態に襲われます。なんと、集中豪雨により、矢作川とその近くを流れる安永川が氾濫、周囲一帯は冠水し、当然、鈴木モータースの社屋も、商品車も冠水、新築のサービス工場も水浸しになり、オイル洗浄機等が大破、社屋の設計図をはじめ、商品車の登録書類や、中には商品車そのものが流されて、どこへ行ってしまったのか判らなくなったケースも存在したとか。

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    『昭和47年7月の矢作川、安永川の氾濫とは、縁もゆかりもない洪水の写真』

 

 

 

 

 自然災害は怖いですね。でも、自然災害だけじゃないんです。前回、『栄町に残された土地で、いろいろな事件がおきた』と書きましたが、そのうちのひとつの事件をを紹介しましょう。

 栄町から移転した鈴木モータース。当然、元の栄町の土地は、鈴木モータースではなくなります。では、何になったかと言うと、現会長の自宅兼、社員寮になりました。自宅と社員寮は別棟ですが、なんと、その社員寮が火事になったのです。昭和51年のことでした。現社長は当時、小学校2年生だったそうです。小学校で授業を受けていたら、先生から『鈴木君、君の自宅が燃えているぞ!』と、言われ、なきながら帰ったら、家の前の寮が燃えていたそうです。

 原因は、ドライヤーの消し忘れ。なんと、昭和51年に鈴木モータース設立30周年記念で会社が社員全員に配った記念品のドライヤーが原因になったそうです・・・・・・・・・次回に続く。

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